Was I Dreaming?

A reverie is going to be told by me.

ドグマ、懐疑主義の本旨。

ドグマとは?

δόγμα は元々、単に思われること δοκεῖν =考えを意味することばであったが、判断留保を勧める立場から考えを攻撃する懐疑主義者が出現したことにより、排斥されるべき独断という意味を持つようになった。p.189-190

 

懐疑主義者はドグマを持たないと言う時、その言葉が意味するのは...承認を与える対象が、知識に即して探求される不明瞭な物事に属する場合に、その承認を指してある人々がドグマと呼ぶその意味において、懐疑主義者はドグマを持たないという事である『摘要』1-13。...懐疑主義者は現れに依拠しつつ、ある種の言論に従っており、その言論とは、父祖伝来の習慣と法律と生き方と、また我々自身の諸情態に従って生きる道を我々に指し示す『摘要』1-16,17ものである。 p.191-192

 

δόγμαtikός/δογματικοί

 

では、懐疑とは?

懐疑主義に相当する σκέψις, σκεπτική αγωγή の原義は考察、考察する生き方であり、σκεπτικός は考察者を意味していた。しかし、(発見)何がしかの結論を出すより、考察することを重視する人々が現れた。p.185

「何事も決定せず、何事も確定せず、逆に決定し確定することの可能なものは、あらゆるものごとのうちでいったい何があるのか、つねに探求し考察するからである。アウルス・ゲリウス『アッティカの夜』11・5・1-3」

「人々が物事を探求する場合に、結果としてありそうな事態は、探求していたものを発見するか、発見を否認して把握不可能であることに同意するか、あるいは探求を継続するかのいずれかである。

真実を発見したと考えるのはアリストテレスエピクロス、ストア、その他の学派の人々のようにドグマティコイと呼ばれる者たちであり、把握不能であるとしたのはクレイトマコスやカルネアデス、およびその他のアカデメイアの学派であり、探求を続けるものがスケプティコイである『摘要』1・1-4。p186-187」

 

σκεπτικός/σκεπτικοί

 

古代の懐疑主義について

これには三つの区分があるという。

BE4末ーBE3中のピュロンとティモン

BE3中ーBE1初の懐疑派アカデメイア

BE1初ーAE3cのピュロン主義

今日から見れば、すべて懐疑主義に分類されるが、古代の呼び方ではピュロン主義のみが懐疑主義と呼ばれ、アカデメイア学派は判断留保する人々と呼ばれた。このピュロン主義は、前一世紀初頭にアカデメイアに属していたアイネシデモスが当時の学頭ピロンに反発して、本来の懐疑主義に立ち返ると称して掲げたものである。故に、懐疑主義アカデメイアの影響を受けている。p184-185

 

 

出典)金山弥平「古代懐疑主義」『哲学の歴史2 帝国と賢者』所収、中央公論新社、2008。

 

 

 

※BE/AEという表記は、神君ユリウス・ガイウス・カエサルの養子であるインペラートル・カエサル・ディヴィ・フィリウス・アウグストゥスの治世(BE27-AE14)に準拠し、便宜的に他を慣例に従うもので典拠の記述ではない。